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新しいブログを始めました。


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どうぞよろしく。

# by sypwm | 2010-07-23 05:21 | New Blog

Henry Moore



現在 Tate Britain で開催されている Henry Moore のエキシビションへ行ってきました。ムーアの20年から60年の間に製作された彫刻、イラストレーションが展示されています。ムーアの作品で一番に思い付く Reclining Figure (横たわる像) 、戦時下に炭鉱で働く人々や地下鉄で眠る人々を描写したイラストレーション等。私は黒檀を使った彫刻が特に気になりました。まるで陶磁器の様に表面が滑らかで美しく、ムーアのモダンで繊細な作風にぴったりだと思ったからです。初期の頃の解りやすくシンプリファイされた作品からアブストラクト、抽象的へと変貌していく過程が興味深かったです。



帰りしなにエキシビジョンのカタログをチェックしにTate内のお店へ。ムーアの作品が詳細に紹介されたカタログでいい参考書になりそうだと思っていたところ、こんな本を発見!



' Hoglands The Home of Henry and Irina Moore ' ホグランズとはヘンリー・ムーアが妻のイリナ、愛娘のメアリーと共に暮らした家です。この本ではムーアがどのように生活し、作品を制作していたのかが写真と共に、友人達の証言も交えながら書かれています。ムーアが作品のインスピレーションに集めていた骨董、小石、絵画等も紹介されており、ムーアの作品との類似点などがわかります。完璧なフォームを追求し続けたムーアの Hoglands はモダンで洗練された彼の作品の原点が詰まっています。現在ホグランズは一般公開されており、予約をすれば誰でも家の中を観覧する事ができます。詳しい事は The Henry Moore Foundation まで。公開は今年の8月まで。

# by sypwm | 2010-06-10 06:06 | Henry Moore

MADE IN BRITAIN



数々のストリートスタイル、サブカルチャーを生み出したイギリス。それは若者達の個性的である事、ブリティッシュ(英国人)である事のプライドがいつでも根底にあるように思います。その中でスキニージーンズにサスペンダー、Dr.マーチンの10ホールブーツを履いた坊主頭をしたスキンヘッズはモッズから出てきた一つのスタイルでしたが、70年代後期からは政治色が濃くなりホワイトパワー・スキンヘッズと呼ばれその反社会的な行動が有名でした。

今年で没後20年になるAlan Clarke 監督はテレビドラマを中心に労働者階級の若者達を扱ったリアルな作品が有名です。1982年製作のMADE IN BRITAIN はホワイトパワー・スキンヘッズの少年を描いたクラーク監督のイギリス製作のテレビドラマです。この作品でTVデビューしたティム・ロスは16歳のスキンヘッズ、トレヴァーを演じています。トレヴァーは学校へ行かず、全ての大人達に悪態をつき、ストリートでは公共物の破壊、万引き、パキスタン人の住居へ石を投げ入れる人種差別者。劇中に出てくる黒人の少年仲間に対しても冷淡なトレヴァーの悲しくなるほどの傍若無人な行動、大人への対立を最後までパワフルに描いています。若いティム・ロスのフレッシュでありながら天才的な演技と現実を真っ向からスクリーンに映した Social Realism と呼ばれるクラーク監督のMADE IN BRITAIN はその内容、映像と共にセンセーショナルな作品です。


# by sypwm | 2010-05-26 03:59 | MADE IN BRITAIN

Larry Burrows and Vietnam

Larry Burrows, Photo by Roger Mattingly 1971

1926年5月29日にLarry BurrowsはLondonで生まれました。16歳の時にLIFEマガジンのロンドン局で暗室の仕事を得ます。LIFEはアメリカで政治を始めとする報道に最も影響力のあるパワフルな雑誌であり、ここでバローズはRobert Capaを始めとする偉大な戦場フォトグラファーの写真をプリントしていました。目が悪かった為に軍隊から拒否され、徴兵の代わりに炭鉱の仕事に就かされるが病気になり再びLIFEへ戻る事になったのは後の功績を考えると定められた事だったのかもしれません。1945年にフリーランスのフォトグラファーとなり、主に欧州、中東、アフリカ等で政治や有名人に関わる仕事をしますが、バローズはその頃からずっとベトナムへ行きたいと考えていました。

バローズが始めてベトナムへ行ったのは1962年、36歳の時でした。その頃のベトナムはまだあまり人に知られる事が無く、後に最も悲惨な戦争の歴史として残るとは考えられていませんでした。翌年にはLIFEに14ページに及ぶバローズの撮影したベトナム戦争の写真が掲載され、その悲惨が世界に報道されました。

バローズはベトナム戦争に最も長く従事したフォトグラファー、9年という歳月をベトナムで過ごしました。最高のベトナム写真を撮るバローズはフォトジャーナリストという枠を越え、その撮影法、アプローチの仕方で、素晴らしいフォトグラファーでありアーティストでもあると考えられていました。それを確定するエピソードに、彼がベトナム空軍にヘリコプターのドアを取り外すように要請した話があります。そうすればベルトで体を固定し、外に乗り出した状態で写真を撮る事が出来るとの理由からでした。他のフォトグラファーには許されなかったこの要請がアーティストでもあるバローズには通用し、その結果、空中戦は誰にも撮影が不可能だった最高の方法で素晴らしく写真に収める事に成功しています。

バローズの写真が有名な理由の一つにその色があります。写真の中の被写体の色の鮮やかさ、深さがさらにリアリティを与え、その現実がよりダイレクトに見る者に迫ってくるようです。バローズが編集者に宛てた手紙でこんな事を言っています、

'I am very happy with the equipment I have. All I need is time and Patience to use it to the fullest degree, plus God on my side to help with the lighting problems - to move the sun and the moon and the stars to the positions of my choice.'

( 僕は自分の機材に満足している。必要なのは時間と忍耐を使ってそれをフルに活用する事、そして僕には神がいつでも横にいてライティングの問題、太陽や月や星を僕の思ったとおりに移動させて助けてくれるんだ。)

戦場フォトグラファーには珍しく優しく温かい心の持ち主だったバローズは戦場で起こっている惨劇を撮影する事に良心が咎め、時にはカメラを降ろし兵隊や難民を助けたりしたそうです。危険なリスクを伴う戦場でもヒューマンであり続けた素晴らしい人格者でした。

1971年2月10日、バローズはLaosで消息不明に。
1998年3月、Laosにてヘリコプターの破片、ライカカメラのパーツが発見され、その後の調査、鑑定により当時Lam Son 719を取材中だったバローズの乗っていたヘリコプターが北ベトナム軍の37-mm 対空兵器の射撃を受け墜落し死亡した事が確定されました。

# by sypwm | 2010-05-04 07:02 | Larry Burrows

Jean Prouvé Compass Table

Azzedine Alaïa Paris Hotel


ミッドセンチュリーデザインを代表するJean Prouvé が50年代に製作したCompass tableが私の今一番欲しい物です。フォーマイカを使用したスムーズで滑らかな表面、スティール製の先が尖ったまさにコンパスのような脚がスマートで無駄の無いデザイン。ビーチ材のボディに同じくスティール製の脚のStandard Chairをぜひセットで。やっぱり色は最もクラシックと思える、黄色のボディにブルーの脚でしょうか?


Azzedine Alaïa Paris Hotel
Compass Table
Standard Chair

# by sypwm | 2010-04-26 04:38 | Jean Prouvé

Irving Penn Portraits

Marlene Dietrich, New York, 1948


先日、オークションハウスのクリスティーズ-NYで、Patricia McCabe の Irving Penn ( 1917-2009 )プリントコレクションが競売にかけられました。マックケイブはアービング・ペンのアシスタントをを30年間務めた人で、競売にかけられたのはペンから送られた67枚の貴重な写真。中には$200,000を超える落札額もあり、その人気が伺えます。


現在、National Portrait Gallery では Irving Penn Portraits (18 FEB - 6 JUNE 2010 )が開催されています。40年代、VOGUEマガジンの為に撮りおろした写真から、2009年の死去前に取られた最後の作品まで、120枚に及ぶシルバー、プラティナムプリントを一挙公開。ポートレイトにはトルーマン・カポーティ、マレーネ・デートリッヒ、アルフレド・ヒッチコック、ピカソ、T・S エリオット等。
静止した人や物をそのままフレームに切り取ったようなクリーンで静寂なスタイルで、ペンのモデル達はまるで彫刻のように洗練されて美しい。


Alfred Hitchcock, New York, 1947

Barnette Newman, New York, 1966

      Hippie Family F, 1967

Rock Group (Big Brother and the Holding Company and the Grateful dead ), San Francisco, 1967

Truman Capote, New York, 1948

# by sypwm | 2010-04-21 20:32 | Exhibition

The Girl in Alfred Hitchcock's Shower



2001年、熱狂的アルフレッド・ヒッチコックの' Psycho 'ファン、Kenneth Dean Huntに、1988年の Myra Davis レイプ、殺害の罪で刑が下されました。プレスによれば、デイビスは、映画サイコで有名なジャネット・リーがシャワーの最中にナイフで殺害されてしまうシーンで、リーのボディ・ダブルをした Marli Renfro の実名としてメディアに報道されました。
アメリカの作家、Robert Graysmith、70年代サンフランシスコのシリアルキラーを題材にし、映画化もされた' Zodiac 'が有名な著者は、このニュースがきっかけでレンフロに興味を持ち、書き上げたのが ' The Girl in Alfred Hitchcock's Shower ' です。




マーリ・レンフロはダラス出身のラスベガスで働く女優、そしてヌードモデルでした。プレイボーイの初期バニーガールでもあり、表紙を飾った事も。女優としての活躍は' サイコ 'の他にフランシス・フォード・コッポラの、ソフトポルノ/西部劇コメディ、' Tonight For Sure '、邦題が' グラマー西部を荒らす' でした。サイコ劇場公開時にはヒッチコックの言いつけで、シャワーシーンは全てリーによるもの、マーリ・レンフロの名前が映画にクレディットされる事もなく、当時、彼女には$500のギャラが支払われただけでした。女優としてのぱっとした活躍はなく、マーリ・レンフロはメディアから消えていきました。


グレイスミスは過去のインタビュー等からデイビスとレンフロは別人である事を発見します。デイビスはジャネット・リーのライティング等を調節する際のスタンド・イン、レンフロはシャワーのシーンでリーの代わりにノーマンベイツに殺害されるボディ・ダブル。映画に登場するのはレンフロでありデイビスでない事から、グレイスミスはケネス・ディーン・ハントは熱狂的サイコファンであり、本当はレンフロを殺害するつもりが間違ってデイビスを殺害したのでは?と指摘します。全ての人が2人を混同している、殺人者もその一人では?と。




もしヒッチコックとリーがシャワーシーンの秘密を隠さなければ、レンフロはもう少しましな女優としてのキャリアを築いていたかもしれない。と同時にハントの被害者にもなっていたかも知れないと思うと、栄光や名声にはいつでも陰がつきまとうもの、というフレーズを思い出します。ひょんな事で再びメディアに取り上げられる事となったレンフロの12ヶ月間の名声が生み出したドラマは短くも映画史に残る大切な出来事です。


The Girl in Alfred Hitchcock's shower
by Robert Graysmith
(Berkley Books)


# by sypwm | 2010-04-05 00:19 | Marli Renfro

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